ピーターの航海日誌

アラ還おじさんの雑記Blog

代わり映えしない生活

今までの生活を振り返ってみても、昔から大きく変わらない自分がいます。

僕は、小学六年生あたりから音楽をよく聴くようになりました。いとこが、友達の兄貴から入手する音楽を次々に持ち込んでくれるので、13歳から一気にロック少年になっていきました。解散したてのビートルズが持ち込まれ、オールディズ、サーフミュージックと順番はバラバラ。クリームからB.B.キング、そして本格的なブルースへという普通の流れ。デープ・パープル、ツェッペリンもリアルタイム。バロック音楽からモダンジャズへ。でも徐々に今から考えればあだ花のような音楽「プログレッシブ・ロック」を中心に聴くようになります。一時的に「クリムゾン病」にかかったこともあります。

少し遅めの16歳(1977年)からギターを始めた僕ですが、聴いている音楽(プログレッシブ・ロック)の影響もあり、メロトロンほしい、ムーグ3ほしい、ハモンドレスリーほしい、でも高価で買えない(買えなくてよかったのですが・・・)、そんな時、ローランドmc-8という120万円もする、世界初の(本格的)シーケンサーをカタログで発見。こいつと、ムーグ3と、24トラックのテレコとミキサー、スタジオさえ手に入れたら、音楽の世界を征服できるのではないだろうか? なんて妄想に発展。翌年の1978年にmc-8とタンスと呼ばれたムーグ3を駆使したYMOが出てきたのには驚きと、えっこの装置つかうと、富田勲さんのような音とかにならないの? なんてまちがった疑問まで・・・。

1984年これも遅めですが、パソコンを始めました。仕事よりも、文章といいますかフライヤー、ちらし、ミニコミなどの作成ができるワードプロセッサ。会計、家計簿などお金の計算につかえるカルク系ソフト、後に手に入れるマルチプランは死ぬほど高かった。名簿やレコードの管理に使えるデータベース。まずこれらがパソコンの使用目的となりました。

その次に鉄道模型のシーケンス制御を考えていたのですが、MIDIが出てきて、鉄道模型のコントロールよりもシンセのコントロールに気持ちが移ってしまいました。ローランドのmc-8や、mc-4の様な高価なシーケンサーでなくてもパソコンでシンセをコントロールできるDTMの走りのようなものにも手をだしました。弟は僕のパソコンを使い、パソコン通信を始めていましたが、僕はいまいちわからない? なにがおもしろいのかというより、何に役立つかわからなかったのです。当時はモデムではなく、音声カプラーだったような気がする・・・。

スケジュール管理は、システム手帳、そしてロータス・オーガナイザー(会社にはノーツとドミノが入り出す時代)、PDAと変化してきました。

現在は、さすがにプログレッシブ・ロックはほとんど聴きませんが、雑食系でなんでも聴くことは、当時と変わりません。パソコンも音声、写真、ビデオの管理が加わり、シーケンサーDTMに変わり、パソコン通信がインターネットに置き換わり、毎日使っています。手帳はPDAになり現在iPhone3GSになっています。機械の進歩は感じられるのですが、やっていることが13歳あたりから23歳のころまでに起こったこと、始めたこととそれほど大きく変わりません。なんとも進歩のないというか、代わり映えしない生活です。